私小説&海外古典短編小説

『召使』マインド・コントロールの恐ろしさと日本人であることの幸せを教えてくれる1963年:9点

 松田遼司の「旅行・音楽・美術好きのための映画・漫画評論」。アマゾンプライムなどで配信されている名作を中心にお届けします。

 今回は、『マインド・コントロールの恐ろしさ』を描いた召使』を紹介します。

 

『召使』の概要

 召使』は、ロビン・モームの小説を基に『エヴァの匂い』 (62年)などで知られるジョゼフ・ロージーが監督した63年の名作です。「いつのまにか立場が逆転してしまう若い上流階級の男とその召使の姿」を描きました。見事な心理描写で「ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞と英国アカデミー賞作品賞」に輝きました。

 サヴィル・ロウで仕立てたと思われる身体にピッタリのスーツ、フランスに比べると地味な女性服、保守的なインテリア、銀食器をふんだんに使用し蓋がついたままサーブするイギリス式の給仕の仕方、ラガーとブラウン・エールを分けてビールと呼ばないビールへのこだわり、などフランスとはまた違う当時のイギリスの上流階級の生活が垣間見られて楽しめます。音楽はジャズを中心に構成され、イギリスの歌姫クレオ・レーンが歌うバラード”All Gone“が主人が全てを失ってしまうシーンなどに効果的に繰り返し使用されています。米国最大の映画データベースの批評サイトIMDbの視聴者13,000人による平均スコアは7.8とそこそこの評価です。あまり米国人受けする内容ではないようです。

 主人公の召使いバレットを演じたのがルキノ・ヴィスコンティなどに認められヨーロッパ映画で活躍したイギリスの名優ダーク・ボガード。既にディケンズの名作小説を映画化した『二都物語』(57年)で人気俳優となっていた。この『召使』での腹黒いサディストの召使役が高く評価され、英国アカデミー賞主演男優賞を受賞しました。

 バレットのフィアンセのヴェラを演じたのが『ライアンの娘』のヒロインで有名なイギリスの女優サラ・マイルズ。当時まだ無名だったがこの『召使』で挙動不審の艶っぽい労働者階級の悪女をリアルに演じ英国アカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、ブレイクを果たしました。サラ・マイルズという女優が高く評価されていることがお分かりいただける名演といえるでしょう。

 主人のトニーを演じたのがジェームズ・フォックス。名優エドワード・フォックスの弟で62年に『長距離ランナーの孤独』で注目されたぐらいで当時まだ無名の存在でした。この『召使』での召使にこき使われるマゾ的な上流階級の若者トニーを見事に演じ英国アカデミー賞新人賞を受賞、脚光を浴びました。

 

召使』のネタバレなしの途中までのストーリー

 ネタバレなしの途中までのストーリーは、ロンドンの改修前のフラットで始まります。上流階級の裕福な青年トニー (ジェームズ・フォックス)のもとにバレット(ダーク・ボガード)が召使いの面接にやってきました。気難しく何人も面接で落としていたトニーはバレットが気に入り、家の修復から料理まで全てを任せました。

 料理の腕前を始めバレットは申し分のない召使いのように見えましたが、トニーのフィアンセのスーザンはバレットが気に入りませんでした。バレットもスーザンに嫌味をいい、スーザンはバレットを首にすべきだと主張しますが、有能なバレットに満足しているトニーは聞き入れませんでした。トニーとスーザンはバレットの件で不和になり、スーザンの足は遠のきます。

 そんな時バレットは、実は自分の恋人のベラ(サラ・マイルズ)を妹と偽りメイドとしてトニーに紹介し、住みこませます。そして自分の留守中に、ベラにトニーを誘惑させました。それ以来トニーはベラに夢中になっていったのです。

 ある日スーザンから連絡があり久しぶりに楽しい時間を過ごしたトニーは、スーザンを部屋に誘いました。しかし家に帰ると自分の部屋の灯りがついていて、ベラがバレットを誘っている声が聞こえてきました。バレットを呼びつけると、バレットはしゃあしゃあとベラは実は妹ではなく自分の婚約者でトニーとはある意味兄弟で、トニーのベッドを使用した以外何も悪いことはしていないと開き直るのでした。トニーは怒って二人を家から追い出しましたが、スーザンもトニーの浮気にショックを受け去ってしまいます….

 

召使』を観ての感想

作品をじっくりと見れば分かるのですが、「バレットの行動は全て計算づくだった」のでしょう。「バレットは最初からトニーとその家を支配することを目的にしていた」のです。そのため内装もトニーの好みではなく、自分の好みに創りあげます。出来上がった家を見た途端にトニーの婚約者のスーザンはトニーの趣味とは異なるので違和感を感じ、バレットを警戒したのでしょう。「スーザンの女の第六感の素晴らしさは最初から発揮」されています。バレットはこの時からスーザンを敵とみなしていたのです。そしてトニーとその家を支配するという目的にための戦略が決まった、スーザンを追い払うということです。こうしてバレットはスーザンを追い払うことに専念することとなりました。

 バレットはトニーに仕えるうちに、トニーが自分で何もできないが気難しくわがままで、うるさいお婆さんのような執事に監督されるのを嫌うため、「自分の存在がなくてはならないものだと気付いた」のだろう。有能な自分を首にできないと考え、「スーザンに失礼な態度をとるという強気の態度」にでました。予想通りにトニーが自分をかばいスーザンと不仲になると、秘密兵器のベラを招き入れます。

 セクシーなだけでなく、恐らくどんな男も虜にする肉体とテクニックを持っていると確信していたのでしょう。ベラに誘惑させるとトニーはあっという間にベラの虜になってしまった。「肉体的な愛の重要さ」に気付かせてくれます。ベラに夢中にさせることで、スーザンをさらに遠ざけようとしたのでしょう。

 しかしトニーがスーザンと再びでかけたのを知り、最後の賭けにでます。わざとトニーの部屋でベラと関係を持ったわけです。追い出されるのも当然計算の内だったのでしょう。一方、「スーザンがトニーの浮気を知ることでスーザンを完全に追い払うことができた」わけです。この後の展開で頭がおかしくなったトニーは一瞬正気を取り戻し、ここには来ないようにスーザンに告げます。「肉体的な愛に勝る精神的な愛の素晴らしさ」が救いですが、「マインド・コントロールの恐ろしさ」を教えてくれてます。

 

 「同じ人間であるのに執事やメイドなどの使用人を人間扱いをしない上流階級を痛烈に風刺した英国映画の傑作」といえる作品です。労働者階級の上流階級への反乱ともいえる内容は、階級社会に生きるイギリス人が見ると痛快でしょう。「世界で一番階級差別のないであろう日本人が見るとただの映画に終わってしまいますが、こうした日本人であることは恐らく幸せ」だということなのでしょう。

 ハリウッドのアクション大作が嫌いな知的な方、特に風刺のきいた英国映画のファンにのみオススメできる作品です。

 

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