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『ロシュフォールの恋人たち』左脳世界の住人と右脳世界の住人のカップルが現実的 1966年:9点

 松田遼司の「旅行・音楽・美術好きのための映画・漫画評論」。アマゾンプライムなどで配信されている名作を中心にお届けします。

 今回は、『左脳世界の住人と右脳世界の住人のカップルというのが現実的』と教示する『ロシュフォールの恋人たち』を紹介します。

 

ロシュフォールの恋人たちの概要

 『ロシュフォールの恋人たち』は『シェルブールの雨傘』(63年)でカンヌ国際映画祭グランプリを獲得したジャック・ドゥミ監督が再びヒロインにドヌーヴ、音楽にルグランを迎えて制作した67年の傑作ミュージカル映画。フランスの田舎町を舞台に、理想の人との恋を夢見る双子の美人姉妹の恋の成り行きを描きました。米国最大の映画データベースの批評サイトIMDbの視聴者11,000人による平均スコアは7.7とそこそこの評価です。

 オールスター・キャストといっても過言ではない演技陣に驚かされます。妹のデルフィーヌを演じたのが、カトリーヌ・ドヌーヴ『シェルブールの雨傘』(63年)、ロマン・ポランスキー監督のサスペンス・ホラーの傑作『反撥』で既にスターの仲間入りを果たしていました。『ロシュフォールの恋人たち』でのフランス人形のような美しさは姉のドルレアックに勝っているといえましょう。

 姉のソランジュを演じたのがドヌーヴの1歳姉のフランソワーズ・ドルレアック。63年にジャン=ポール・ベルモンド主演のアクション・コメディ『リオの男』で誘拐された婚約者を、トリュフォー監督のサスペンス 『柔らかい肌』でヒロインのスチュワーデスを演じ、ブレイクを果たしていました。

 旅芸人のリーダーのエチエンヌを演じたのがジョージ・チャキリス。61年には『ウエスト・サイド物語』でプエルトリコ系の不良グループのシャーク団のリーダー、ベルナルドを演じアカデ ミー助演賞を受賞、一気にトップスターとなっていました。その後クラウディア・カルディナーレ共演の悲恋もの『ブーベの恋人』(63年)、メキシコのマヤ文明が舞台のユル・ブリンナー共演の『太陽の帝王』(63年)に出演しましたが、ベルナルドのイメージが強すぎいまひとつでした。この『ロシュフォールの恋人たち』はミュージカルで得意のダンスと歌を披露して生き生きしているが、やはりベルナルドのイメージとダブってしまうのはいたし方ないのでしょう。

 ソランジュに恋するアメリカの作曲家アンディ・ミラーを『踊る海賊』(48年)『雨に唄えば』(53年)などで知られるMGMミュージカルを代表する俳優・ダンサーのジーン・ケリーが、姉妹の母親イヴォンヌをシャルル・ボワイエ共演の『うたかたの恋』(36年)、ジェラール・フィリップ共演のスタンダールの名作を映画化した『赤と黒』(54年)などで知られる往年の美人女優ダニエル・ダリューが演じているのもシニア層には堪らないでしょう。

 イヴォンヌの昔の恋人の楽器店主シモン・ダムをジャン=リュック・ゴダール監督の最高傑作『軽蔑』でのブリジット・バルドーの相手役で知られるフランスの性格俳優ミシェル・ピコリが演じています。ピコリはこの年『昼顔』でもドヌーヴと共演しています。そして理想の女性を追い求める画家で水兵のマクサンヌを演じたのがジャック・ペラン。当時は高い演技力と美青年ぶりからアイドル的人気を博していました。

 

ロシュフォールの恋人たち』のネタバレなしの途中までのストーリー

 ネタバレなしの途中までのストーリーは、ある金曜日の『ウエストサイド物語』を連想させる群舞シーンで始まります。ヨットやボートなどを積んだ旅芸人のトラックの列が、フランス南西部の田舎街ロシュフォールに向かっていました。ロシュフォールでは年に一度の祭が日曜日に行われることになっていました。旅芸人は街の広場に着くと、舞台のセットにとりかかります。

 広場を見渡す建物の二階では美しい双児の姉妹のソランジュ(フランソワーズ・ドルレアック)とデルフィーヌ(カトリーヌ・ドヌーブ)が子供達にバレエのレッスンをしていました。ソランジュは作曲家を、デルフィーヌはバレリーナを志していました。二人共いつの日か理想の恋人にめぐり逢うことを夢見ていまし。

 旅芸人のエチアンヌ(ジョージ・チャキリス)とビルの二人組がカフェにやってきます。カフェは双児の母親イヴォンヌ(ダニエル・ダリュー)が経営していて、理想の恋人を求めている画家の水兵のマクサンヌ(ジャック・ペラン)も常連でした。デルフィーヌが画商との別れに画商の店に行くと、そこには自分そっくりの絵がかかっていました。偶然でしたがある画家が書いた理想の恋人の絵だということでした。デルフィーヌは画家が自分に恋しているのを感じるのでした。

 画商から画家がパリにいると聞き、デルフィーヌはパリに行く決心を固めます。デルフィーヌが来ないのでイヴォンヌは幼い息子ブブーの学校への迎えをエチアンヌとビルに頼みます。学校でデルフィーヌと出会った二人は、その美しさに人目で恋するのでした。

 一方ソランジュは最近店を開いた楽器店主シモン・ダム(ミシェル・ピコリ)を訪ねます。学友で現在は有名な音楽家となったアメリカ人のアンディ・ミラー(ジーン・ケリー)がパリに来ているので、紹介状を書いてもらうためでした。シモンは快く引き受け、ソランジュに10年前の恋の物語と今はメキシコにいる元恋人の思い出の地であるロシュフォールに移ってきたことを話すのでした。

 翌日ブブーを今度はソランジュが迎えにいきました。だだをこね鞄を放り出したブブーの荷物を披露ソランジュの目の前に笑顔で手伝う紳士がいました。実は彼こそがアンディ・ミラーでした。二人は運命的な出会いを感じるのでした…..

 

ロシュフォールの恋人たち』を観ての感想

 「時は恋なり」と唱え理想の恋人を追い求めお祭りのように生きたいと願うデルフィーヌと自分は画家だから相手が金持ちでも貧乏でも気にしないと歌うマクサンヌは二人ともロマンチストです。現実的に見えるがやはり理想の相手を求めるソランジュと、自分は音楽家だから相手が娼婦でも清楚な娘でもどちらでも構わないと歌うアンディも同様です。そして相手がいないと分かっていながらかつての恋人との思い出を求めてロシュフォールにやってきた母のイヴォンヌとシモン、安定を求めずに街から街をさすらう旅芸人のエチエンヌとビルも同じくロマンチストなのです。

 つまり作品の主要登場人物である「ロシュフォールの恋人たち」は全員がロマンチストなわけです。この作品が現実離れしていておとぎ話のように感じられるのは、若い恋人達だけでなく中年のアンディ、イヴォンヌ、シモンさえもが未だに少年・少女だった頃の純粋な気持ちを失わずに生きているからでしょう。

 嘘つきの画商や殺人を犯す老人なども登場しますが、画商が嘘をつくのはもちろんデルフィーヌを愛しているからで、老人が老女を殺したのも自分を振り向いてくれなかったという破れた恋のためです。登場人物は全員が恋に生きる少年・少女だということです。

 それではなぜみんながこんなロマンチストなのかというと、やはり経済的感覚の薄い右脳世界の住人だからなのでしょう。彼等の職業は芸人、ダンサー、作曲家、楽器店店主、カフェの女主人、画家です。弁護士、医者、ビジネスマンなどの世の中の大半を占める左脳世界の住人は全く登場していないわけです。経済的感覚の薄い右脳世界の住人の中でも特にロマンチストの人々だけが集まって形成された特殊な世界を描いた作品ということになるのでしょう。

 既に成功を収めた一握りの人間であるアンディとソランジュのカップル、右脳世界の住人の中でも一番左脳世界に近い商売人であるイヴォンヌとシモンのカップルは何とかやっていけるでしょう。しかし、旅芸人のエチエンヌとビルの二人組とデルフィーヌとマクサンヌのカップルの将来が心配になってしまいます。

 優秀な芸術家には芸術活動に専念するために経済的な心配をしなくてもよいパトロンか夫が必要だと痛感させられます。恋はかすみのようなものでそれだけで食べていくことはできないのですから….。

 もちろん右脳で食べていけるアンディとソランジュのカップルが理想ですが、現実的には不可能に近いでしょう。デルフィーヌとマクサンヌのように恋に生きるのは困難だということです。やはり弁護士や医者と芸術家のカップルといった「左脳世界の住人と右脳世界の住人のカップルというのが現実的」なのではないでしょうか?

 全編に流れるオスカーにノミネートされたミシェル・ルグランの華麗な音楽と完璧なスタイルのダンサーによるダンス、白と青を基調に赤や黄色、緑などをあしらった素晴らしい配色、ファッションなどの全てが素晴らしいです。完璧に仕立てられた屋外のセットで最上のミュージカルを見ている気分にさせられます。

理想の女性を求める美男子と理想の男性を求める美女が思いのたけを込めて歌い踊る世界はまるで夢の世界にいるかのようです。特にドヌーヴとドルレアックが「デルフィーヌとソランジュ姉妹の歌」に合わせて色違いのおそろいの帽子とドレスで踊るシーンなどは映画史に残る名シーンといえるでしょう。

 2時間あまりの間、完璧に現実から逃避することができます。これこそが映画の醍醐味だと気付かせてくれる傑作といえるでしょう。音楽好き、美術好きにはおすすめの作品です。

 

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