私小説&海外古典短編小説

『妖精王』「信じれば救われる」というキリスト教的メッセージを示唆 1977~78年: 8点

松田遼司の「旅行・音楽・美術好きのための映画・漫画評論」。現代でも通用する過去の名作を中心にお届けします。

 漫画評論の第2回目は、「友を迷わずに信じることで道が開ける」と示唆する『妖精王』を紹介します。

 

『妖精王』の概要

 妖精王は、山岸凉子氏によるファンタジー漫画です。『アラベスク』『日出処の天子』と並んで好きな作品です。他の作品と比較すると「コメディ色が強い明るい雰囲気の作品」です。

 エルフとダークエルフとの闘争を背景に「友情や愛についてを問うた奥深い作品」となっています妖精王の王国はスコットランドにあったようですがスコットランドの妖精は「ケルピー」のみです。しかし当時のイギリスやフランスのブルターニュ地方に住んでいたケルト民族の神話にはクーフーリンメイブが登場します。「ケルト神話を中心にギリシャ神話やドイツ神話、アイヌ神話まで様々は妖精が混じり合っているオリジナルの世界」のようです。ウンディーネ、サラマンダー、ハーピー、コロポックル、ケンタウルス、ユニコーンなど色々な神話上の生物が登場するので、神話好きの方は楽しめるでしょう。

 過去のスコットランドの妖精王国と現在の北海道の人間世界が繋がっているという時間や空間概念がない世界観も興味深いです。

 『妖精王』は「現代の北海道と妖精の世界」が重なり合っていると解釈できます『ハリー・ポッター』などでもおなじみの構図です。

 対象は神ではなく友ですが、「If You Believe You Will Be Saved」というキリスト教的メッセージがテーマとなっています。

 

妖精王』のネタバレなしの途中までのストーリー

 『妖精王』は、忍海爵(ジャック)が病気療養のため東京の進学校を休学し、北海道の親戚の家を訪れるシーンから始まります。楡の木の下で角笛の音を聞いた忍海爵は「クーフーリン」と叫ぶ。再び楡の木を訪れた忍海爵は地震の後に燐(クーフーリン)と出会うが、初対面なのに懐かしさを覚える。燐から忍海爵は必要なものだと角笛を渡される。

 その直後うたた寝をしていた忍海爵は美しい女性の訪問者により起こされる。彼女は眩瀬(クイーン・マブ)と名乗った。なぜか忍海爵の名前を知っていた彼女は角笛のペンダントを見せてくれと頼む。渡そうとする忍海爵を飛んできた蝶が「渡しちゃダメ」と止めると眩瀬はマブに変身、「このエルフィンめ!」と叫ぶと雷雨が襲った。忍海爵は角笛を握ったまま大雨の中を倒れていた。

 蜘蛛が取り付いた後角笛が重くなり首から外した忍海爵は疲れて眠ってしまう。角笛を手放そうとした忍海爵は黒い馬に乗り騎士姿でかけつけた燐を見て「クーフーリン」と叫ぶ。クーフーリンは蜘蛛の糸でがんじがらめになったジャックから糸を切断「夢魔の精でダークエルフの女王、クイーン・マブの仕業だ」と告げる。眠いからと眠った忍海爵が起きると「騎士姿の黒い馬に乗った燐」は夢ではなく燐としろい鬣の黒馬ケルピーがいた。

 乗馬の練習をしているとコボルトが現れ忍海爵は落馬、燐の言うことを聞かなくなった黒馬ケルピー。振り返ると白馬に乗った眩瀬がいた。その夜、黒馬が現れるとケンタウロスのような姿に変身、忍海爵から角笛のペンダントを奪うと逃走する。困った忍海爵は燐から教えられた通りに「月影の窓」開くと別世界の「ニンフディア」が広がっていた。そこで忍海爵は鹿の精プックと出会った。ケルピーの居場所を尋ねる忍海爵にプックは「あったかい、あると楽しくて嬉しくなるもの」をもらえたら教えると答える。手を差し出すプックと握手した忍海爵は「もうあげたから居場所を教えて」と頼む。プックは摩州湖に行ったと答えるのだった。「摩周湖?」と聞き返す忍海爵に「摩州湖、そこへの道はウンディーネが知っている」と答えるプックだった….(コミック版5巻中1巻の途中まで)

妖精王』を読んでの感想

 『妖精王』は「キリスト教の世界観での善悪の基準にすると理解しやすい」です。「あったかい、あると楽しくて嬉しくなるもの」はもちろん「友情」のことです。忍海爵は病弱な少年でしたが多くの仲間との出会いを通じて、「優しさ」と「友人を信じる気持ち」を失わず、「勇気」を出して困難に立ち向かうことで「妖精王にふさわしい存在」となっていきます。

 出会った当時のプックは臆病な子鹿だったのですが、逃げ出したくなる気持ちを忍海爵との「友情」、助けるための「勇気」に変えていくことで、立派な鹿へと成長していきます。クーフーリンは友への「友情と」主君への「忠誠」を誓う「騎士道精神」にあふれた「騎士」です。ケイローンは知恵を持ちます。

 こうした「エルフ」の抱くキリスト教世界での「美徳」に対して「ダークエルフ」が持つのは「7つの大罪」です。ウィキペディアにあるように「傲慢」「強欲」「嫉妬」「憤怒」「色欲」「暴食」「怠惰」です。クイーン・マブ、サラは「色欲」を武器としています。ルシフェは「傲慢」そのものの性格で忍海爵への「嫉妬」「妖精王」になろうという「強欲」と「色欲」を抱いています。ノームは「強欲」です。ヒポグリフの盲愛は「強欲」であり「怠惰」と共に彼の成長を妨げていました。井冰鹿 とマブ、クリュオサルは「嫉妬」で道を違えてしまっていました。「憤怒」はクーフーリンでさえケルピーを叱るなど多くの場面に登場します。悪として「暴食」以外の全てが登場しています。

 『妖精王』は「キリスト教の世界観での善悪」を説いた成長物語なのでしょう。物事の善悪を知るために「中学校の教科書」としてもよいのではないでしょうか?若者の海外文化離れが進んでいますが、「神話」を通じて海外への文化への興味も湧くようになるのではないでしょうか?

 色々と書いてしまいましたがRPゲームやハリポタなどで人気が高いファンタジー」としても、「神話」としても、「アドベンチャー」物としても楽しめる「どなたにでもおすすめできる漫画」なのではないでしょうか?なぜ「OVA」化されているようなので見てみようと思いました。

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