私小説&海外古典短編小説

『ベニスに死す』死を賭してまで美を追求するデカダンな耽美主義の壮絶な生き方を描いた 1971年:9点

松田遼司の「旅行・音楽・美術好きのための映画・漫画評論」。アマゾンプライムなどで配信されている名作を中心にお届けします。

 今回は、『死をよぶ伝染病が蔓延していても忍ぶ恋や日々の生活を選ぶ哀しさ』を描いたベニスに死す』を紹介します。

 

『ベニスに死す』の概要

 『ベニスに死すは、20世紀初頭のドイツを代表する作家トーマス・マンの同名私小説を巨匠ルキノ・ヴィスコンティが映画化した名作です。主人公は原作では作家でしたが、映画ではモデルであったグスタフ・マーラーにちなんで作曲家に変更されています。映画『マーラー』では妻アルマに捧げる愛のテーマは交響曲第6番と語っていましたが、この作品ではマーラーの『交響曲第5番』第4楽章「アダージェット」がグスタフの美少年への愛のテーマ曲として度々登場します。

 原題は珍しく邦題と同じ『Death in Venice 』です。但しイタリア語版の題名は『Morte a Venezia』です。英語ではなく現地の言葉を使用して紛らわしい日本社会において、なぜイタリア語名の『ヴェネツィアに死す」ではなく英語名の『ベニスに死す』なのかがずーと不思議だったのですが、米国資本で「英語版が正式版」だからのようです。『地獄に堕ちた勇者ども』と『ルートヴィヒ』の間に位置する「ドイツ三部作」の第二作目の作品です。ルキノはルネッサンス前期にミラノを支配していたに貴族「ヴィスコンティ家出身」であり、「退廃的は貴族世界を描くことにかけては古今東西誰も及ばない」でしょう。この作品でも『山猫』『ルードヴィッヒ』『イノセント』などと同様に19世紀後半から20世紀前半の貴族社会の風習やインテリアなどを勉強することができます英国アカデミー賞で美術賞、撮影賞、衣装賞を受賞したのは当然でしょう。

 「芸術とは先天的なものか、後天的なものなのか」、「伝染病にかかる可能性を理解した上での忍ぶ恋」を描いた精神性の高い作品ですが、米国最大の映画データベースの批評サイトIMDbの視聴者22,000人による平均スコアは7.2と欧州や日本と異なり名作とは呼べない低さです。感性の低い人間からすると、「中年のオジサンの美少年へのストーカーのような恋として見えてしまうのが原因かもしれません。

 主役の作曲家グスタフ・アッシェンバッハ役は英国の名優ダーク・ボガード。主人を実は騙している忠実なふりをした召使いを怪演した召使』(68年)、ナチス将校とユダヤ人少女との愛を描いた愛の嵐(74年)は一見の価値がある名作です。この『ベニスに死す』での演技はまさに魂が揺さぶられるようといえるでしょう。

 美少年タッジオ役はビョルン・アンドレセン。テレビでリバイバルされるたびにその美少年ぶりが話題になっていましたが、これ以外の出演作品はありません。。

 タッジオの母親ヴィスコンティやフェリーニ作品の常連であるイタリアの名女優がシルヴァーナ・マンガーノが演じています。その醸し出す気品は貴族そのもののようです。

 

ベニスに死す』のネタバレなしの途中までのストーリー

 ネタバレなしの途中までのストーリーは、『交響曲第5番第4楽章アダージェット』が流れる中、朝焼けの中を汽船が近づいてくる場面から始まります。白いスーツをまとったグスタフ(ダーク・ボガード)が乗船しています。汽笛が響き、サンマルコ寺院が見えてきます。下船の際には気味の悪い化粧をした男が「良い旅を」と声をかけてきました。非常に退廃的でう屈しい、ヴィスコンティならではのシーンです。

 ゴンドラの男は船着き場に行くようにとの命令に従わず、リド島に向かいます。島に着くと、違法の船員はいつの間にか去り、それを教えた男からチップを要求されます。ホテルは豪華で、支配人自ら部屋まで案内してくてましたが、グスタフはチップも渡そうとしませんでした。バルコニーからビーチが眺られます。家族の写真などを配置し終わると回想シーンとなり、グスタフは砂時計にに命を見るのでした。

 サロンでは音楽が演奏され、多くの人で賑わっていました。暫く人間観察をしていると、グスタフはセーラー服の美少年(ビョルン・アンドレセン)を見つけました。その後現れた貴婦人は娘たちや美少年の母親(シルヴァーナ・マンガーノで、その姿には気品が溢れていました。彼女の「食事にしましょう」の一言で一家はレストランに移ります。オペレッタ「メリー・ウィドウ」からの名曲が流れる中、美しい装飾のレストランでも、グスタフは美少年から眼を離せませんでした。

 回想シーンではグスタフと友人が芸術について議論しています。「美が努力で作れるか」と問うアルフレッド(英語読み)にグスタフは「もちろん」だと答えます。美は先天的なものであるというアルフレッドに対し、グスタフは芸術が作る後天的なものだと反論しました。美少年を見てグスタフはこの議論を思い出しましt。重要なのは精神、真理、尊厳だというグスタフに、アルフレッドは天からの邪悪さが必要で、コードは解釈が自由だと説くのでした。。

 翌日はシロッコが吹き荒れ、グスタフは支配人に「この暑さがいつまで続くのか?」と問います。「金曜日から始まったので9日間なので明日には止む」と答えます。そこに美少年が現れ微笑んできました。誘われるままにビーチに出ると、水着姿の美少年がいました。砂の城を作り、友人と散歩する美少年をグスタフは眼でおいかけます。家政婦が呼びにきて少年の名は「タージオ」と知るのでした。エレベーターでタージオと一緒になり動揺します。

 次の回想シーンではアルフレッドから「平凡過ぎる、官能に打ち負かされるほど汚れろ」と勧められます。

 暑さに耐えられなくなったグスタフは帰国を決め、チェックアウトをし、レストランで朝食を取ります。船に間に合わないとせかされると「荷物だけ先に送るように」とベルボーイを怒鳴りつけます。レストランを出る時にタージオとすれ違い、「さようならだ、タージオ」とつぶやきました。駅に着くと荷物が手違いでコモ湖に送付され、3日後には必ずミュンヘンに届くと言われます。怒ったグスタフは「荷物がないのなら帰らない、リドに戻る」と宣言します。その顔にはなぜか笑顔がありました。ところが、壁際に座り込んで顔中を汗だらけにしている男をみかけたのでした….

 

ベニスに死す』を観ての感想

 グスタフ街に疫病がはびこっているのに気がついていました。消毒をしている光景などから明らかで、支配人にはごまかされましたが、もちろん分かっていたはずです。それでも残ろうとしたのはタージオヘの言葉に表してはいないが誰の目にも明らかな恋でした。

 老体の紳士が脚を引きずりながらも美少年を追いかける姿は惨めで滑稽です。妻子がいたにも関わらず同性への愛など理解し難いものがあります。老醜をさらした作曲家が、美少年に恋焦がれながら、コレラに犯されているヴェニスの街をさ迷い歩く姿は、壮絶としか表現のしようがないです。その無様な姿を美しいものに変えてしまう魔術は、半分はマンの、もう半分はヴィスコンティの力量でしょう。

 死を賭してまで恋焦がれられる美少年を演じたビョルン・アンドレセンの美しさも、まさにミケランジェロのダヴィデ像のようにヴィスコンティににとっての永遠の美の象徴ともいえる存在です。ホモセクシュアルでないストレートの人や女性が見ても、教授の気持ちがうかがい知れるほどです。まさに「滅びの美学の頂点に立つ作品」といえるでしょう。

 普通ならば陳腐な喜劇になってしまう物語を、高尚な悲劇へと昇華させていく力のある監督など現在は存在しないでしょう。

 マーラーの交響曲第3番、第5番が効果的に使われ、「グスタフの苦悩、歓喜、絶望などの感情をボーガードの表情と共に代弁」しています特にマーラーが妻となるアルマにあてたラブ・レターの意味合いを持つ『交響曲第5番第4楽章アダージェット』はグスタフのタッジオへ恋焦がれる気持ちを代弁するかのように、作品のオープニングとクロージングに使用されています

 衣装も、インテリアはもちろん、子役でさえも完璧といえるほどに、もちろん見たことはないですが、19世紀末から20世紀初頭のヨーロッパの貴族社会のバカンスを見事に再現させています。特に子役の演技力は当時の「え〜ん、え〜ん」と泣いていた日本の子役とは天と地ほどの差があります。

 小説と異なり想像力なしに当時の世界が目の前に広がり、2時間以上の作品ですが、あっという間に時間が過ぎてしまいます。ヴェニスの風景が旅情を誘います。

 上記の他にも、マーラーやムソグルスキーなどの名曲が使用されています。音楽好きはもちろん、衣装や内装、俳優などの映像美も完璧なので、美術好きや旅行好きの方にも楽しめる芸術ファンの方におすすめできる作品です。

 ノーヴェル賞受賞のトーマス・マンの珠玉のストーリーを、ヴェニスの荘厳な風景、マーラーの叙情性あふれる交響曲、オスカーにノミネートされた豪華な衣装をまとったまるで絵画のように美しいタージオの家族と共にスクリーンに再現した、まさに「マスターピースと呼ぶのにふさわしい至極の作品」だといえるでしょう。

 

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